未来社会の実験場は幻だった
― 大阪万博の裏に潜む維新の利権政治とインフラ崩壊の現実 ―
2025年4月13日に開幕した大阪・関西万博(EXPO 2025)は、「いのち輝く未来社会のデザイン」というスローガンの下、日本政府と大阪維新の会が推進してきた国家プロジェクトとして華々しく宣伝されてきました。しかし、開幕直後の現実は、建設の遅延、予算の大幅超過、不透明な運営、そして会場インフラの崩壊とも言える問題の連続です。万博は未来を提示する場であるはずが、むしろ政治的野心と利権の温床として、国民の信頼を失いつつあります。本稿では、特に大阪維新の会と吉村洋文大阪府知事の責任を厳しく問い、会場設計や運営における問題点――特に中国への忖度が疑われるトイレ問題、地盤の不安定さ、水浸しリスク、長時間の炎天下待機――を詳細に検証します。
維新の会と吉村知事による万博の「私物化」
大阪・関西万博の推進において、中心的な役割を果たしてきたのは大阪維新の会です。吉村洋文大阪府知事は、2025年日本国際博覧会協会の副会長としてプロジェクトを牽引し、万博を「大阪経済の起爆剤」「国際的な観光拠点の第一歩」と位置づけてきました。しかし、その運営は透明性を欠き、市民や専門家の声を無視した強引な進め方が目立ちます。たとえば、万博の会場である夢洲(ゆめしま)は、地盤の軟弱さや液状化リスクが専門家から指摘されていたにもかかわらず、維新はこれを軽視。結果として、建設遅延や安全性の懸念が現実のものとなりました。
維新の政治手法は、万博を地域振興の名目で利用しつつ、実際には党の影響力を拡大し、特定の企業や関係者への利益誘導を可能にする「私物化」の構図を浮かび上がらせます。吉村知事は、メディアを通じて「万博は国家事業」と繰り返し、責任を国に押し付ける発言をしていますが、夢洲を会場に選定し、カジノを含む統合型リゾート(IR)計画と連動させたのは、他ならぬ維新の主導によるものです。この責任逃れの姿勢は、万博に対する国民の不信感をさらに増幅させています。
中国式トイレ?「ニーハオトイレ」が映し出す異常な設計思想
万博会場で特に物議を醸しているのが、トイレ施設の設計です。SNSや現地報告では、万博の子供用トイレが「中国式」と揶揄され、プライバシーを無視した構造が批判の的となっています。具体的には、男女別の区画はあるものの、個別の仕切りや扉がなく、便器がむき出しで並ぶ設計が確認されています。このようなトイレは、中国の一部地域でみられる開放的な公衆トイレを彷彿とさせ、「ニーハオトイレ」と皮肉られる事態に。来場者からは「子供の尊厳をどう考えているのか」「盗撮リスクを放置している」との声が噴出しています。
なぜこのような設計が採用されたのか。その背景には、大阪維新の会が推進してきた中国との経済連携やビジネス交流の影響が疑われています。維新はこれまで、中国企業との提携や投資誘致を積極的に進めており、万博でも中国パビリオンの建設や関連企業との協力が報じられています。たとえば、万博のスポンサー企業には中国系企業が名を連ね、建設資材の一部にも中国からの輸入が含まれているとの指摘があります。このような関係性の中で、トイレ設計が「国際調和」や「コスト削減」の名目で中国の基準に寄ったとすれば、それは日本人の衛生観念やプライバシー意識を軽視した重大な失策です。
さらに問題なのは、このトイレがSDGs(持続可能な開発目標)を名目に正当化されている点です。万博協会は「水資源の節約」や「簡素化による環境負荷低減」を主張していますが、実際にはハンドドライヤーや紙タオルの設置がなく、利用者にタオル持参を強いる状況。衛生面での配慮が欠如しているだけでなく、子供や高齢者にとって使いにくい環境が放置されています。「未来社会」を謳う万博が、基本的な公衆衛生すら確保できないのは、運営の杜撰さを象徴しています。
市民の声に耳を傾ければ、こうしたトイレに対する不満は根強いものがあります。ある保護者は「子供をこんなトイレに連れていくのは不安。万博は安全で快適な場所であるべきなのに」と憤りを隠しません。別の来場者は「まるで途上国の仮設トイレのよう。日本の技術力や文化を世界に示す機会がこれでは台無し」と嘆きます。このような声が無視される背景には、維新と万博協会の「上から目線」の運営姿勢があると言わざるを得ません。中国への忖度が本当にあるかどうかは断定できませんが、こうした疑念を生む設計自体が、万博の信頼性を損なう要因となっています。
地盤の不安定さと水浸しリスク――夢洲の致命的欠陥
万博会場である夢洲は、大阪湾に浮かぶ人工島で、1970年代からゴミ処分場として利用されてきた歴史を持ちます。この地盤は専門家から「豆腐状」と形容されるほど軟弱で、液状化リスクや地盤沈下の危険性が繰り返し指摘されてきました。たとえば、2021年に大阪市が公開した調査報告では、夢洲の地盤が「極めてまれな条件」であり、地震時の液状化リスクが高いと明記されています。それにもかかわらず、維新は夢洲を万博とIRの両方の会場として強行突破。結果として、建設現場では想定外の問題が続発しています。
特に深刻なのが、雨天時の水浸しとぬかるみです。夢洲の排水インフラは不十分で、2024年の試験運用時には、降雨後に会場の一部が水没し、ぬかるんだ地面で作業員が転倒する事故も報告されました。来場者向けの通路も同様に水はけが悪く、「まるで田んぼのよう」と揶揄される始末。万博協会は「対策を講じる」と繰り返していますが、抜本的な解決には程遠い状況です。このような環境で、1日13万人以上が訪れるとされる万博を安全に運営できるのか、大きな疑問符がつきます。
さらに、夢洲ではメタンガスによる爆発事故が2024年3月に発生。溶接作業の火花が地中のメタンガスに引火し、コンクリート床が破損する事態に至りました。この事故は、夢洲が現役の廃棄物処分場であることに起因しており、ガス発生のリスクが常態化していることを示しています。万博協会は「再発防止策を施した」と主張しますが、根本的な地盤改良には膨大なコストと時間がかかるため、間に合わせの対応に終始しているのが実情です。来場者の安全を軽視したこの姿勢は、維新の「見切り発車」の体質を如実に表しています。
炎天下での長時間待機――来場者軽視の運営
万博の運営におけるもう一つの大きな問題は、来場者が長時間待機を強いられる環境です。インターネット上の情報や現地報告を基に事実を確認すると、万博会場ではパビリオン入場やイベント参加のための待ち時間が2時間以上になるケースが頻発。特に夏季の開催期間(4月から10月)は、大阪の気温が30℃を超える日が多く、炎天下での待機が健康リスクを引き起こす懸念があります。2024年のテストイベントでは、屋外待機列に日陰や座席が不足し、熱中症の症状を訴える来場者が続出したとの報告も。
維新や万博協会は「スマートな運営」を謳い、事前予約システムやデジタルチケットを導入していますが、実際にはシステムの不具合や混雑予測の甘さが露呈。たとえば、予約した時間帯にパビリオンに入れないケースや、アプリの障害でチケット認証ができないトラブルが多発しています。これにより、来場者は炎天下や寒風にさらされながら、座る場所もないまま長時間待たされる羽目に。ある来場者は「未来社会を体験しに来たのに、昭和の行列に逆戻り」と皮肉を述べています。
この問題の根底には、万博会場のキャパシティ設計の失敗があります。夢洲の面積は約390ヘクタールですが、来場者ピーク時の想定人数に対するインフラが追いついていません。たとえば、待機スペースの不足や休憩所の少なさは、事前のシミュレーションで容易に予測できたはず。にもかかわらず、運営側は「盛り上がれば問題ない」と楽観的な姿勢を崩さず、来場者の快適さを二の次にしているのです。
344億円の「リング」と竹中平蔵氏の影
万博のシンボルとして建設された木造の大屋根「リング」は、総工費344億円という巨額の費用が投じられたことで知られています。このリングは、万博終了後に解体される予定の一時的な構造物であり、「税金の無駄遣い」として批判の的となっています。使用された木材が国産ではなくフィンランド産である点も、国内林業の振興を無視した選択として疑問視されています。
このリング建設に関連して、名前が挙がるのが経済学者の竹中平蔵氏です。竹中氏の実兄が会長を務めていたミサワホームが施工の一部を担当し、巨額の公費が海外木材の調達に流れた構図は、利権の匂いを強く感じさせます。竹中氏は自身の関与を否定していますが、こうした疑念が生じる時点で、万博の透明性に問題があることは明らかです。国民の税金が、特定の企業や個人への利益誘導に使われた可能性を払拭するには、詳細な資金の流れを公開する必要があります。
IRと万博――カジノ利権の布石としての博覧会
夢洲は、万博の会場であると同時に、維新が推進するIR(統合型リゾート)計画の中心地でもあります。IRはカジノを核とした観光施設で、2030年の開業を目指していますが、万博のインフラ整備がIRの基盤を整えるための「露払い」ではないかとの批判が根強いです。実際、万博関連の予算には、夢洲への地下鉄延伸(約346億円)や高速道路整備(約2957億円)が含まれており、これらは万博終了後もIRのために活用されることが明らかです。
この二段構えの戦略は、維新の長期的な政治目標である「大阪都構想」や経済特区化と連動しています。しかし、夢洲の地盤問題や液状化リスクは、IRにとっても大きな障害です。2021年の大阪市の調査では、IR予定地の土壌改良に約788億円の公費が必要と試算されており、万博と合わせた財政負担は大阪市民に重くのしかかります。維新は「民間主導」を強調しますが、実際には公費が大量に投入されており、市民の税金がカジノ利権のために使われているとの批判は避けられません。
国民の監視なくして「未来」はない
大阪・関西万博は、本来であれば日本の技術力や文化を世界に発信し、未来への希望を描く場であるはずでした。しかし、蓋を開けてみれば、維新の政治的野心、利権の温床、市民を無視した運営のずさんさが露呈するばかりです。中国への忖度が疑われるトイレ設計、地盤の不安定さによる水浸しリスク、炎天下での長時間待機――これらはすべて、万博が「国民のためのイベント」ではなく、一部の政治家や企業のための舞台であることを示しています。
今、必要なのは、国民一人ひとりがこのプロジェクトに疑問を投げかけ、透明性と倫理を求める声です。「誰のための万博なのか?」という問いに、維新や政府は明確な答えを示せていません。万博が未来を切り開くどころか、過去の失敗を繰り返す「負の遺産」とならないよう、私たちは監視を怠ってはなりません。夢洲のぬかるんだ地面に未来はなく、国民の声こそが本当の「いのち輝く未来」をデザインする力なのです。
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